今日ご紹介する本は三好春樹著『野生の介護』雲母書房。
介護情報誌『Bricolage』に連載されていた「認知症老人のコミュニケーション覚え書き」をまとめたものです。
<認知症老人との>ではなく<認知症老人の>となっているところに、この本の意味があります。<との>という視点は、コミュニケーションを困難にしている原因を認知症老人の「障害」に帰するものであり、「障害」のない介護者の特別な技術で対処しようとするものかもしれません。
三好さんは全国各地で介護セミナーをされているのですが、
(私は、エネルギー量が減ってきて心細くなったら受講して補充・・・って感じです)
「認知症老人への声かけが大事だと思うのですが、上手な声かけのしかたを教えてください」
という質問に対して、「用もないのに声をかけるな」と『少々意地が悪い』答えをされているのだとか(^^)
本の第一章は、過剰な<声かけ>についての問題提起から始まっています。
三好さんは、介護の<介>は<媒介>の<介>であると常々言われています。
介護する人、介護そのものを媒介として、主体としてのお年寄りがそこに存在するのであると。
介護者側が主体となって認知症老人をコントロールしようとしている介護の現場は、
認知症老人の「障害」や「個別の習慣」が諸悪の根源であるかのような空気に満ちています。
たとえば・・・「他の“ご利用者様”に迷惑をかけている認知症の人」に対して、
「迷惑をかけていることを自覚してもらうにはどうすればよいか」という話し合いが行われていたりします。
そのような場にあって自分の無力さに打ちのめされるとき、本を読み返し、セミナーに申し込み、「迷惑をかけている」と言われた人に、会ったことない人に、「無力でごめんなさい」とお詫びします。
『野生の介護』の最後で紹介されいてる絵本は、
マリー・ホール・エッツ著『わたしとあそんで』福音館書店です。
絵本の世界と、認知症老人の世界がつながります。
はらっぱに遊びに行った女の子は『ばったさん、あそびましょ。』
と言って、ばったを捕まえようとしますが逃げられます。
かえるにも、かめにも、りすにも、みんなに逃げられてしまった女の子は、『おとをたてずに』池のそばの石にこしかけていました。
すると・・・ばったも、かえるも、かめも近づいてきて、しかのあかちゃんがほっぺをなめてくれました。
『ああ わたしは いま、 とっても うれしいの。 とびきり うれしいの。
なぜって、みんなが みんなが わたしと あそんでくれるんですもの。』
『コミュニケーションとは認知症老人の世界に介入し、論理とコトバで支配することではない。
それは、絵本の<わたし>が、ばったやかえるを捕まえようとしているのと同じである。』
『おとをたてずに』 じっとしているなんて<仕事>とはいえない、と言う人もいるかもしれない。
あれもこれも、プランどおり時間内に終わらせられる人が<仕事>をしている人なのだ。
認知症老人の内なる世界を壊すようなことを、誰も望んではいないはずなのだけれど。
※2冊とも おふく文庫にあります