昨日に続いて・・・
私が起業を考えるきっかけとなった とある病院でのエピソードから。
入院している患者本人ではなく 付き添っている私の希望で4人部屋から個室に移りました。
電動車いすで生活している肢体不自由者(20代男性)である本人は、
これまでの経験上、TPOにあわせて『弱者』として存在する心得があるようです。
いろいろな場面で、私よりもオトナの反応をしています。
そんな彼が 成人してからは初めての入院生活で 『弱者』として過ごしました。
黙って受け入れ適応しました。
たとえば「入浴」なら こんな感じです。
「一人で入浴できる人は週2回だけど、介助が必要なら週1回です。
あとの1回は清拭(タオルで体を拭く)です。」
・・・ いっときだから、がまんしよう。
↓
病院で初めての入浴は、
ベテランらしい女性ヘルパー二人による ものすごく手際の良いもの。
・・・ ヘルパーさんも重労働で大変だよね。
↓
清拭に来たのは同い年の女性ヘルパー。
・・・ 病院に男性ヘルパーはいないから しかたないよね。
↓
次の週の入浴は、
女性ヘルパー二人+看護学生二人 計4人の女性によるもの。
・・・実習は必要だからしかたない。今さらどうでもいいし。
健康な人には『あたりまえのこと』が、
病気や障がいを持つと『我慢すること』になってしまう。
処遇改善の要求をしているのではありません。
そのことに鈍感にならないでほしいのです。
自分ではできないことを介助してもらう権利。
その権利を行使するために 彼は我慢を重ねているわけですが。
他人のからだや“痛み”に触れているということについて、
もう少し あたりまえの感覚が保たれていたなら。
同じ行為にも何かがプラスされて 相手に伝わるはずです。
看護学生の手際の悪さに耐えながら ヘルパーが学生を叱責するのを聞いている、
それが辛かった と彼は言いました。
ヘルパーが怖いからではありません。
学生が気の毒だからではありません。
そんなふうに介助してもらう自分が惨めだからです。
自分がしていることについて どうぞ鈍感にならないでください。